相続人が遺言執行者の同意のもとに受遺者とした合意の有効性【東京地判昭和63年5月31日】

事案の概要

  1. 原告らは、いずれも、訴外亡角勝馬(以下「訴外勝馬」という。)の兄にあたる訴外亡竹内直光の子であり、原告らの他に訴外勝馬の相続人はいない。
  2. 訴外勝馬は、昭和五八年六月二七日、死亡した。
  3. 被告は、東京法務局所属公証人坂上吉男作成昭和五八年第二六六号遺言公正証書(以下「本件公正証書」という。)による遺言(以下「本件遺言」という。)によって遺言者訴外勝馬から遺言執行者に指定され、同人が死亡した後、遺言執行者としての就職を承諾した者である。
  4. 訴外勝馬は、同年四月二一日、別紙遺言目録記載のとおりの本件遺言によって、原告らに対して、同人の有する現金及び預金の合計額から葬儀費用等の費用を差し引いた残金額を遺贈した。
  5. 訴外勝馬の相続財産のうち現金及び預金の合計額は金二四七八万二二七九円であるところ、被告は、遺言執行事務を処理するにあたって、これから訴外勝馬の葬儀費用金三五七万六八九八円及び同人の債務金三六万八五四〇円を差し引いた金二〇八三万六八四一円を受け取った。
  6. 昭和五八年一二月頃、原告らと本件遺言の受遺者である訴外井上らとの間で、訴外勝馬の相続財産のうち同人が所有していた不動産を除く現金、預金等の財産について、原告らは合計金一六〇〇万円及び原告らの相続税課税額分を、訴外井上らはその余の財産をそれぞれ取得し、原告らは合計一六〇〇万円及び各自の相続税の支払を受ける代わりに、現金、預金から諸費用を差し引き相続財産に残余が生じても訴外井上らに請求しない旨合意し、遺言執行者である被告も本件合意を承認したこと及び本件合意に基づいて、被告は原告らに対し、前記のとおり、同月二八日頃、合計金一六〇〇万円を支払い、同日頃及び翌五九年一二月一三日頃、原告らに課税された相続税を支払った。
  7. 原告らは、合意によって、右合計一六〇〇万円及び各自の相続税の支払を受ける代わりに、原告らが受遺者として本件遺言に基づき、あるいは相続人としてその財産を相続したことに基づき、それぞれ遺言執行者に対して引渡を請求することができる訴外勝馬の相続財産のうち現金、預金等の財産について、その請求を放棄する旨意思表示した。

争点

  1. 相続人が遺言執行者の同意のもとに受遺者とした合意の有効性

判旨

相続人が遺言執行者の同意のもとに受遺者とした合意の有効性について

 民法一〇一三条は、「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることはできない。」と規定し、相続人が、遺言執行者によって管理されるべき相続財産を処分した場合には、その処分行為は無効であると解されるところ(最高裁第一小法廷昭和六二年四月二三日判決民集四一巻三号四七四頁)、本件合意は、前記二1(五)で認定したとおり、本件遺言の解釈及び執行上の問題点を調整、解決するため、遺言執行者が働きかけてなされたものであるが、本件合意によって原告らが相続財産から取得する合計金一六〇〇万円及び原告らの相続税課税額の合計額が、本件遺言で原告らに遺贈された現金、預金から諸費用を差し引いた残額を超えるとすれば、本件遺言によって訴外井上に遺贈された動産その他の財産が減少する結果となるから、本件合意及びこれに基づく右金員の支払は、民法一〇一三条に規定する相続人による相続財産の処分行為に該当すると解する余地がある。しかしながら、右民法の規定は、遺言者の意思を尊重すべきものとし、相続人の処分行為による相続財産の減少を防止して、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであるから、右規定にいう相続人の処分行為に該当するかのごとく解せられる場合であっても、本件のように、相続人間の合意の内容が遺言の趣旨を基本的に没却するものでなく、かつ、遺言執行者が予めこれに同意したうえ、相続人の処分行為に利害関係を有する相続財産の受遺者との間で合意し、右合意に基づく履行として、相続人の処分行為がなされた場合には、もはや右規定の目的に反するものとはいえず、その効力を否定する必要はないと解せられるのであって、結局、本件合意は無効ということはできない。

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