危急時遺言を確認するための心証の程度【東京高決平成9年11月27日】

事案の概要

  1. 抗告人は、弁護士であり、遺言者の亡夫トーマス・景清・武蔵の営む有限会社○○の顧問をしていたことなどから親交のあったものである。
  2. 遺言者は、平成9年5月13日、乳癌の症状が悪化したため東京都大田区○○の○○外科病院に入院したが、同年7月13日乳癌のため死亡した。
  3. 抗告人は、遺言者から財産の処分についての相談を受け、同年5月13日に前記○○外科病院において遺言者と面会したのを皮切りに、数回遺言と面談した後、同年6月4日死亡危急者の遺言を作成するべく抗告人事務所の事務員2名を証人として同行して遺言者のもとに赴き、同日付で本件遺言書を作成し、同月23日当庁に本件遺言の確認の申立てをした。
  4. 当庁家庭裁判所調査官○○○及び同○○○○は、同月24日、本件担当裁判官の命を受け、本件遺言書が遺言者の真意に基づいて作成されたものであるかどうかについての調査をするために前記○○外科病院に入院中の遺言者のもとに赴いた。
  5. 上記家庭裁判所調査官が遺言者に、面接の目的を告げ、本件遺言書の内容を一つ一つ読み聞かせて、その内容について間違いないかどうか確認したところ、遺言者は、その内容の一部については、記載されているとおりの内容で構わないが、自分の意思とは異なる分がある旨を具体的に指摘したうえで、抗告人弁護士は勝手なことばかり言っているようで今度会ったら「うそつき」と言ってやりたい気持ちです。本件遺言書の内容については読み聞かせてもらっていない、迷っている点が幾つもあるので、幻覚がなくなったらきちんと遺言を書き直したいと考えている旨述べた。
  6. 上記の家庭裁判所調査官の面接の際の、遺言者の陳述の様子はよどみなく、一貫しており、その精神状態には大きな異常は認められなかった。また、主治医である○○医師も、遺言者の当日の精神状態は、遺言書の作成された同年6月4日と変わりない旨の供述をしている。

争点

  1. 危急時遺言を確認するための心証の程度
  2. 上記事案において危急時遺言は確認を要するか

判旨

危急時遺言を確認するための心証の程度について

 いわゆる危急時遺言確認の申立てに対する審判の手続において、家庭裁判所は、当該遺言が遺言者の真意に出たものであることの心証を得なければ、これを確認することができないものとされている(民法九七六条三項)。この規定は、死が迫っている危急時であるところから、遺言の成立に厳格な方式を要求することが期待できない場合において、遺言の方式を緩和することによって遺言者の真意がゆがめられ、あるいは遺言者の真意に基づかない遺言が作出される危険性を除去するため、家庭裁判所に対し、当該遺言が遺言者の真意に出たものであることを確認させることとし、確認の得られない危急時遺言は、遺言としての効力を生じないものとするものである。このように、遺言の確認は、危急時遺言に遺言としての効力を付与する必須の要件をなすものであるが、もとより、遺言の有効性自体を確定させるものではなく、その最終的判断については、既判力をもってこれを確定する効力を有する判決手続の結果に委ねるべき途が確保されていなければならないことを考慮すると、危急時遺言の確認に当たり、遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度は、いわゆる確信の程度に及ぶ必要はなく、当該遺言が一応遺言者の真意に適うと判断される程度の緩和された心証で足りるものと解するのが相当である。したがって、家庭裁判所としては、この程度の心証が得られた場合には、当該遺言を確認しなければならないものというべきである。

上記事案において危急時遺言は確認を要するかについて

 これを本件についてみるに、記録によって認められる原審判認定の事実(原審判一枚目裏六行目から同二枚目裏九行目までに記載の事実)によると、抗告人野口は、弁護士として遺言者と従来から親交があったが、遺言者の入院当初から財産の処分についての相談を受け、数回にわたって病院に行って遺言すべき内容につき遺言者の意向を聴取していたところ、遺言者の病状が急変したとの連絡があったため、平成九年六月四日、急遽他の証人二名を伴って病院に赴き、遺言者から従来から聴取していた内容に沿った遺言の口授を受けてこれを筆記し、これを遺言者に読み聴かせた上、その筆記の正確性を承認して抗告人野口を含む各証人が署名押印して、別紙の本件遺言を作成したものであることが認められるのであり、これらによれば、本件遺言については、容易に、さきに述べた一応遺言者の真意に適うと判断できる程度の心証を得ることができるものというべきである。
 原審判は、本件審判申立ての当日である同年六月二三日(原審判は六月二四日とするが、記録によれば、六月二三日の誤記と認められる。)に実施された家庭裁判所調査官による面接の際における遺言者の言動(原審判二枚目表九行目から同裏五行目まで)を根拠にして、確認に必要な心証を得られないというもののごとくである。しかし、危急時遺言の確認に当たって必要とされる心証の程度はさきに述べたとおりであり、かつ、遺言者の意思は、その後の精神状態の変化、周囲への感情等により、刻々変化しがちなものであるから、前記のような言動は、遺言をした後に遺言者の心境に変化を生じたことを認めるべき事情として評価するのが相当であり、本件遺言の当時において、その真意に沿わない遺言が作成されたことを窺うべき事情と判断することは適切ではないものというべきである。
 以上によれば、本件遺言については、さきに説示した程度の心証が得られるものというべきであるから、これを確認しなければならないものというべきである。

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