禁治産者(成年被後見人)に遺言能力があるか【名古屋高判平成9年5月28日】

事案の概要

  1. 金作は、原判決添付物件目録(一)<1>ないし<14>記載及び同(二)<1>、<2>記載の各不動産(以下、それぞれ「本件(一)土地」、「本件(二)土地」という。)を所有していた。
  2. 金作は、昭和五六年一一月三〇日、糖尿病と診断され、昭和五七年二月、藤田学園保健衛生大学病院(以下「大学病院」という。)にて白内障の手術を受けた。
  3. 金作は、糖尿病治療のため大学病院に通院中であった昭和五七年八月六日、第一回目の脳梗塞発作を起こし、同月九日、大学病院に入院したが、同年一二月二一日、退院した。
  4. 名古屋法務局所属公証人白川芳澄は、昭和五八年三月八日、金作を遺言者とする昭和五八年第九五号遺言公正証書(以下「第一遺言証書」といい、その内容を「第一遺言」という。)を作成しているところ、同証書には、「金作は、その所有する財産全部を控訴人に相続させる。」旨の記載がある。
  5. 金作は、昭和五八年九月二六日、心不全を起こして大学病院に第二回目の入院をしたが、同年一一月二四日に実施されたCTスキャナー検査の結果、金作が再度脳梗塞を起こしていることが判明した。
  6. 金作の妻である甲野ハツエ(以下「ハツエ」という。)、長男である甲野良雄(以下「良雄」という。)外五名は、昭和五八年一〇月二一日、金作に対する禁治産宣告を名古屋家庭裁判所岡崎支部に申し立てた。そこで、同支部から精神鑑定を命ぜられた医師鈴木恒裕(以下「鈴木医師」という。)は、昭和五九年三月九日、金作に面接した上で、金作は心神喪失の常況にあるとの鑑定結果を提出し、これに基づいて、同支部は、同年四月七日、金作を禁治産者とする旨の審判をし、同審判は、控訴人らの不服申立てを経て、同年七月一九日、確定した。
  7. 名古屋法務局所属公証人西川豊長は、昭和五九年一一月一二日、金作を遺言者とする昭和五九年第一七九七号遺言公正証書(以下「第二遺言証書」といい、その内容を「第二遺言」という。)を作成しているところ、同証書には、「金作は、その所有する財産全部を包括して妻であるハツエに相続させる。金作は、ハツエを遺言執行者に指定する。」旨の記載がある。
  8. 金作は、昭和六三年九月一三日、腎不全を直接原因(その原因は糖尿病、脳梗塞)として死亡した。
  9. 控訴人は、第一遺言に基づき、本件(一)土地につき名古屋法務局豊田支局昭和六三年九月一三日受付第三二二九五号をもって、本件(二)土地につき同法務局鳴海出張所同日受付第二〇五九三号をもって、それぞれ同日相続を原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)を経由した。
  10. ハツエは、昭和六三年一〇月六日、本件第二遺言に基づく遺言執行者として、控訴人に対し、本件登記の抹消登記手続を求めて本件訴えを提起したところ、同女は、平成二年九月七日、死亡したので、名古屋家庭裁判所岡崎支部は、同年一一月一四日、良雄の申立てにより、被控訴人を第二遺言の遺言執行者に選任した。

争点

  1. 禁治産者(成年被後見人)に遺言能力があるか

判旨

禁治産者(成年被後見人)に遺言能力があるかについて

 第二遺言がなされた当日、公証人西川豊長は、金作に対し、まず住所、氏名、生年月日などを尋ねて確認し、次に金作のいる場所や時計の文字が読めるかなどの点についても確認し、さらに、公正証書の作成を依頼された代理人から予め聞いていた遺言内容が金作の意思に合致していることを確認したこと、特に遺言執行者を誰にするかという問題については、金作自らハツエと晴昭の名前を挙げ、最終的にはハツエを指名したこと、このような過程を経て、右公証人は、金作の体調及び心神の状態が予想以上によいとの印象を抱いたこと、山本医師は、金作に対して、月日、同席していた人物(弁護士)、その時の気分及びリハビリの様子等を尋ねて確認し、また善悪に関する事項を話題にしたりして約一〇分ほど会話を交わしたこと、その結果、山本医師は金作が正常な判断能力を有するものと判断したこと、以上の事実が認められるのであって、これらを総合すれば、金作は、灘波鑑定人が指摘するように、少なくとも潜在的には物事の善悪を判断し、それに対応した行動をとる能力を保持していたものと認めるのが相当である。
 金作が発揮した知的能力は、正常人よりは劣るものの、物事の善悪を判断し、それに対応した行動をとる程度には達していたと解され、これに、全財産をハツエに遺贈するとの第二遺言の内容が比較的単純なものであることをも考慮すると、金作は、法律的な側面を含めてその意味を認識していたと認めるのが相当である

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