老人特有の中等度ないし高度の痴呆状態にあった者に遺言の能力があるか【名古屋高判平成5年6月29日】

事案の概要

  1. 甲野武夫は、明治四二年一月一〇日生であり、昭和一三年日中戦争で負傷し、右下肢に後遺症があり、歩行が困難であった。終生独身であり、昭和四〇年、警察官を退官後は、風呂屋を買い取り、実姉の甲野まつえと同居して同五五年ころまでこれを経営していた。特別養護老人ホームたちばな園(以下「たちばな園」という。)に、昭和六二年七月三一日から同年八月二〇日まで短期入所、同年九月二五日から同年一二月三日まで長期入所した。本件遺言書は右短期入所中の同年八月四日作成されている。
  2. 武夫は、昭和五七年と同五八年の二回、栄養失調のため、病院に入院したことがあった。そして、足が弱り、同六二年二月ころには殆ど寝たきりの状態となり、次第に老衰が進行し、同年七月ころには意味不明の叫び声が隣家の速水方まで頻繁に聞こえてくるようになった。同年四月の熊野市会議員選挙の投票の際には、男二人がかりで自動車に乗せ、投票所へ連れて行き投票したことがあったが、その際、自分一人で小便をすることができず、すべて、介添えをしてやっと小便ができる状態であった。また、同年五月、理髪店に連れて行こうとした際、家の前で座り込んでしまい、理容師に来てもらってその場で散髪したことがあった。同年七月三一日、たちばな園入所の際、熊野市福祉事務所社会係長南照夫が武夫宅に赴き、同人に出発を促して声をかけても、何ら反応せず、うつろな状態であった。
  3. 武夫は、同日、たちばな園に短期入所したが、失禁を繰り返す等の不潔行為があったため、寮母間の話し合いにより、入所当日から、おむつをあてられ、しかも不潔行為をしないようにロンパース(上下つなぎの衣類で、自分で脱いだり、その衣類の中に手を差し込めないようにしたもの)を着せられていた。八月一日、午後一〇時すぎ、大声を発したり、ベッドの柵を外そうとしてガタガタさせたりし、寮母が注意してもそれを繰り返したため、寮母が部屋から出して、観察したが、何回か大声を発したり、意味のないことを言い続けていた。また、八月三日午前三時ころには、「明かりをつけよ仕事はできん」等大声を何度も発したことがあった。
  4. たちばな園では、入所すると、まず三日ないし七日間程度寮母室近くの寮母に目の届く部屋にいれ観察し、その観察結果をふまえ入所者の状況にあった部屋を決めているが、武夫の場合は、退所まで寮母室近くの部屋であった。
  5. 武夫は一応簡単な日常会話は可能であるが、表面的な受け答えの域を出ていない。話しているしりから忘れている状況であった。例えば、寮母が姉さん(まつえのこと)が面会に今きとったやろと聞いても、面会にきていたこと自体忘れている状況であり、会話能力、記銘・記憶力の障害が存した。
  6. 武夫の夜中の大声は、たちばな園退所まで続き、昼夜の区別が出来ていなかった。常時失禁の状態であり、着脱衣、排便、排尿、入浴行為等の障害が存し、日常生活で全面的介助を要する状況であった。

争点

  1. 上記事案のような老人特有の中等度ないし高度の痴呆状態にあった者に遺言の能力があるか

判旨

上記事案のような老人特有の中等度ないし高度の痴呆状態にあった者に遺言の能力があるかについて

〈書証番号略〉(東京都老人総合研究所による異常な知能衰退の臨床的判定基準)では、老人痴呆の重症度を軽度、中等度、高度、最高度の四段階に分類し、<1>通常の家庭内での行動はほぼ自立でき日常生活上の助言や介助の必要は軽度で、日常会話・意思疎通はほぼ普通だが、同じことを繰り返して話したり尋ね、他に興味や関心が乏しく、能力低下が目立つものを軽度とし、<2>知能低下のため日常生活が一人ではおぼつかなく、助言や介助が必要で、簡単な日常会話はどうやら可能だが、意思疎通は不十分で時間がかかり、金銭管理、服薬等に他人の援助が必要なものを中等度とし、<3>日常生活が一人では無理で、その多くに助言や介助が必要であり、逸脱行為が多く目が離せない。また簡単な日常会話すらおぼつかなく、意思疎通が乏しく困難で、さっき言ったことすら忘れるものを高度とし、<4>自分の名前や出生地すら忘れる、身近な家族と他人の区別もつかないものを最高度としていることが認められる。そこで、前記認定のたちばな園入所前後の武夫の異常な言動及び遺言時の状況等を右判定基準に照らして検討し、〈書証番号略〉及び南証言を併せ考えると、武夫は、生前専門医の診断を受けていなかったが、本件遺言当時は正常な判断力・理解力・表現力を欠き、老人特有の中等度ないし高度の痴呆状態にあったものと推認される。
 武夫には記銘・記憶力の障害があり、簡単な日常会話は一応可能であっても、表面的な受け答えの域を出ないものであり、南園長が本件遺言書作成の翌日、武夫に対して昨日の出来事を尋ねても、本件遺言をしたことを思い出せない状況であったこと、たちばな園入所に際し、南係長が出発を促しても反応がなく、うつろな状態であったこと、武夫は控訴人一郎と、これまでほとんど深い付き合いがなかったので、本件不動産三五筆を含む全財産を同控訴人に包括遺贈する動機に乏しいし、全財産を遺贈し、武夫姉弟の扶養看護から葬儀まで任せることは重大な行為であるのに、姉まつえには何らの相談をしていないのみならず、控訴人一郎から話が出てわずか五日の間に慌しく改印届をしてまで本件遺言書を作成する差迫った事情は全くなかったこと等を総合して考えると、武夫は、本件遺言当時、遺言行為の重大な結果を弁識するに足るだけの精神能力を有しておらず、意思能力を欠いていたものと認めるのが相当であり、本件遺言は無効というべきである。

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