精神分裂病患者に遺言能力があるか【大阪高判平成2年6月26日】

事案の概要

  1. 定一郎は、精神分裂病に罹患し、その治療のため、昭和36年4月25日から同年12月31日まで○○医大附属病院に、同38年5月28日から同47年10月25日まで○○○病院に、同48年11月から同51年4月8日まで○△医院に、そして、父定作の初七日が終つた同54年2月5日から、同人が自殺した同61年11月26日まで○○病院に、それぞれ入院していたが、その症状は、精神分裂病の中でも人格障害の程度が高度にまでは至らない「単純型」に属しており、その程度も中等度であつた。
  2. 定一郎は、○△医院に入院中から退院後の昭和51年9月までの間スーパーマーケットでアルバイトをしており、同54年2月5日○○病院に入院したのは、父の突然の死という異常事態に際会して、それ相応の対応が可能かが懸念されたためであり、当時或る程度の病識を有していたのであつて、着衣、行動共に異常がなく、比較的筋の通つた会話も可能であつたし、受入態勢が整えば、退院できる状況にあつた
  3. 同月13日には開放病棟に転棟して作業療法に従事していた
  4. 同人には知的機能の障害は殆どなく、日常自らの計算において書籍等を購入し、読書を好んでしており、飯合炊さん等のレクリエーシヨンにも参加していた
  5. 同人の状態が引き続いて安定していたため同年8月12日から同月16日まで主治医による外泊許可を受けたが、外泊先でも特に変化はなく、本件遺言をなした時点においても正常人と異なる挙措がみられなかつた
  6. 帰院後も、室内作業に従事するなど著変がなく、概ね普通の状態で安定し、独りで同院から○△市・△△市中心部等の病院に交通機関を乗り継いで通院して口腔疾患等の治療を受けていた
  7. その当時の定一郎の主治医であつた谷津務医師が、定一郎の遺言能力に疑問を抱かせる症状がなかつたと診断している。
  8. 定治郎は、定作の弟即ち定一郎の叔父であり、祖母カネを長年扶養してきた上、定作の死亡した昭和54年1月29日以降葬儀、墓参等の祭祀を司り、本件土地、建物を含む財産の整理、管理を行つていた。それに、定一郎も日頃から定治郎の心遣い等に感謝していた。
  9. これに対して、控訴人は、昭和51年12月23日定作との養子縁組届出をした頃から定作や定一郎の面倒を見ていたものの、必ずしもしつくりいかず、同53年に勤めに出てからは定一郎の世話を定作にまかせていたし、定一郎の○○病院への入院後は本件遺言の後に所用で2度同院を訪れたのみであつたし、定一郎の訃報についても、関係者の努力にもかかわらず、承知したのは3、4日後という始末であつた。
  10. 定作の死後昭和54年7月26日の遺産分割協議によつて、定一郎が本件土地、建物を取得する一方、控訴人も1785万円に及ぶ国債、投資信託、預金等並びに合計459.60平方メートルの土地及び4軒の同地上建物を取得している。

争点

  1. 精神分裂病患者に遺言能力があるか

判旨

精神分裂病患者に遺言能力があるかについて

定一郎は、本件遺言当時精神分裂病に罹患しており、それまで右治療のため長期にわたり入退院を繰り返していたものの、その症状は人格障害の程度が高度に至らない「単純型」の、しかも中等度に属するものであり、定一郎は○○病院に入院前一時就労していたこと、右入院後も病識を有し、本件遺言時も異常な挙措がみられなかつたことに加えて、右遺言の前後を通じ開放病棟で室内作業に従事したり、自らの計算で書籍等を購入したり、独りで交通機関を乗り継いで通院するなど独自の判断による行動が可能であつたのみならず、定一郎が生前全財産を叔父定治郎に遺贈する旨の本件遺言をなすことにつき両者の身分関係等から首肯するに足る動機が窺えること、その他右1で認定した諸事実に鑑みると、定一郎は、本件遺言をなした当時精神分裂病の罹患により精神的能力が相当低下していたことが窺われるものの、比較的単純な内容の本件遺言をなすに必要な理解力、判断力が欠けていたとは到底認められないから、本件遺言を無効にしなければならない程定一郎の意思能力に欠陥があつたということはできない。

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