添え手による補助を受けた自筆証書遺言は有効か【最判昭和62年10月8日】

事案の概要

  1. 原告渋谷〓治、同北村淑子、同渋谷喜久子はそれぞれ昭和四九年三月一八日死亡した喜太郎の二男、長女、次女であり、被告渋谷〓治郎(以下「被告〓治郎」という)は喜太郎の三男、被告渋谷治代(以下「被告治代」という)は被告〓治郎の長女である。
  2. ところで、喜太郎が昭和四七年六月一日自筆証書によつてなしたものとして昭和四九年六月一一日大阪家庭裁判所で検認を受けた遺言書(以下「本件遺言書」という)が存在し、右遺言書とよると、喜太郎の遺産の大部分を被告らに与えることになつている。
  3. 喜太郎は、本件遺言書作成当時、脳動脈硬化症の後遺症のため手の震えがあり、かつ老人性白内障により両眼の視力が〇・〇2であつて自署する能力はあるが執筆に難渋したため、本件遺言書の作成に当つては於石から手を添えて運筆の助けを受けた。

争点

  1. 遺言が有効であることの立証責任は誰が負うか
  2. 添え手による補助を受けた自筆証書遺言は有効か
  3. 上記事案において自筆証書遺言は有効か

判旨

遺言が有効であることの立証責任は誰が負うかについて

自筆証書遺言の無効確認を求める訴訟においては、当該遺言証書の成立要件すなわちそれが民法九六八条の定める方式に則つて作成されたものであることを、遺言が有効であると主張する側において主張・立証する責任があると解するのが相当である。これを本件についてみると、本件遺言書が、遺言者であるAが妻のBから添え手による補助を受けたにもかかわらず後記「自書」の要件を充たすものであることを上告人らにおいて主張・立証すべきであり、被上告人らの偽造の主張は、上告人らの右主張に対する積極否認にほかならない。

添え手による補助を受けた自筆証書遺言は有効かについて

 自筆証書遺言の方式として、遺言者自身が遺言書の全文、日附及び氏名を自書することを要することは前示のとおりであるが、右の自書が要件とされるのは、筆跡によつて本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐつて紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とするのである。「自書」を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1) 遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2) 他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3) 添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。

上記事案において自筆証書遺言は有効かについて

 本件遺言書には、書き直した字、歪んだ字等が一部にみられるが、一部には草書風の達筆な字もみられ、便箋四枚に概ね整つた字で本文が二二行にわたつて整然と書かれており、前記のようなAの筆記能力を考慮すると、BがAの手の震えを止めるため背後からAの手の甲を上から握つて支えをしただけでは、到底本件遺言書のような字を書くことはできず、Aも手を動かしたにせよ、BがAの声を聞きつつこれに従つて積極的に手を誘導し、Bの整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成されたものであり、本件遺言書は前記(2)の要件を欠き無効であると判断しているのであつて、原審の右認定判断は、前記説示及び原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

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