相続財産が全くないと信じていた場合の熟慮期間の開始時期【最判昭和59年4月27日】

事案の概要

  1. 第一審被告亡Aは、昭和五二年七月二五日、上告人との間で、Bの上告人に対する一〇〇〇万円の準消費貸借契約上の債務につき、本件連帯保証契約を締結した。
  2. 本件の第一審裁判所は、昭和五五年二月二二日、上告人が亡Aに対して本件連帯保証債務の履行を求める本訴請求を全部認容する旨の判決を言い渡したが、亡Aが右判決正本の送達前の同年三月五日に死亡したため、本件訴訟手続は中断した。そこで、上告代理人が同年七月二八日に受継の申立をしたが、第一審裁判所は、昭和五六年二月九日亡Aの相続人である被上告人らにつき本件訴訟手続の受継決定をしたうえ、被上告人Cに対して同年二月一二日に、被上告人Dに対して同月一三日に、被上告人Eに対して同年三月二日に、それぞれ右受継申立書及び受継決定正本とともに第一審判決正本を送達した。もつとも、被上告人Eは、同年二月一四日に被上告人Dから右送達の事実を知らされていた。
  3. ところで、亡Aの一家は、同人が定職に就かずにギヤンブルに熱中し家庭内のいさかいが絶えなかつたため、昭和四一年春に被上告人Cが家出し、昭和四二年秋には亡Aの妻が被上告人D、同Eを連れて家出して、以後は被上告人らと亡Aとの間に親子間の交渉が全く途絶え、約一〇年間も経過したのちに本件連帯保証契約が締結された。その後、亡Aは、生活保護を受けながら独身で生活していたが、本件訴訟が第一審に係属中の昭和五四年夏、医療扶助を受けて病院に入院し、昭和五五年三月五日病院で死亡した。被上告人Cは、同人の死に立ち会い、また、被上告人D、同Eも右同日あるいはその翌日に亡Aの死亡を知らされた。しかし、被上告人Cは、民生委員から亡Aの入院を知らされ、三回ほど亡Aを見舞つたが、その際、同人からその資産や負債について説明を受けたことがなく、本件訴訟が係属していることも知らされないでいた。当時、亡Aには相続すべき積極財産が全くなく、亡Aの葬儀も行われず、遺骨は寺に預けられた事情にあり、被上告人らは、亡Aが本件連帯保証債務を負担していることを知らなかつたため、相続に関しなんらかの手続をとる必要があることなど全く念頭になかつた。ところが、被上告人らは、その後約一年を経過したのちに、前記のとおり、第一審判決正本の送達を受けて初めて本件連帯保証債務の存在を知つた。
  4. そこで、被上告人らは、第一審判決に対して控訴の申立をする一方、昭和五六年二月二六日大阪家庭裁判所に相続放棄の申述をし、同年四月一七日同裁判所はこれを受理した。

争点

  1. 相続財産が全くないと信じていた場合の熟慮期間の開始時期

判旨

相続財産が全くないと信じていた場合の熟慮期間の開始時期について

 民法九一五条一項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて三か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となつた事実を知つた場合には、通常、右各事実を知つた時から三か月以内に、調査すること等によつて、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがつて単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知つた時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知つた場合であつても、右各事実を知つた時から三か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかつたのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があつて、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知つた時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。

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